hoshi368death

解脱できなくて現実逃避

モイストヒーリング系の絆創膏

 左手の親指に1ヶ月ほど前に擦り傷を作ってしまうも、「絆創膏貼るほどでもねぇなあ」と放置。そしてかさぶたになる傷口。その傷口、放置しておけば良いもののなんか痛痒くなってしまい剥がす剥がす。すると案の定 血液、膿、浸出液等がぬらぬら出てくる。剥がすことで綺麗な皮膚、肉をかさぶたと共に引き剥がす形になり、さらに悪化。

 

 放置すると固く心に決めるも寝ている間に剥がしており、流れ出る浸出液。仕方なく家にて絆創膏を探すも擦り傷の大きさたるや3×3cm。そこを覆えるサイズの絆創膏が無く。泣く泣く放置を検討す。しかし、覆えるサイズとは… ОLサイズ(オフィス・レディ・サイズ)みたいで中々アダルティックね、などとは微塵も思わずに傷口をティシューにて覆いつつガムテープにて固定。これで保護完了であると労働に勤しむ。しかし水仕事でふやけるティシュー、ごわごわになるガムテ。そしてガムテのゴムゴムしき素材が皮膚に悪影響を及ぼしたのか、傷 さらに悪化。それでも病院に行く気にはなれず。

 擦り傷、そもそも擦り傷一つで病院に受診を受けるのは面倒。面倒であることはおろか「こんなので怪我人面とは、かまってちゃんだなぁやれやれ」などど医師、看護師、薬剤師等に言われようものなら矮小なる私の精神は深く傷つく。しかし絆創膏が無ければ傷口は回復しないことはこれまでの血液、浸出液との遭遇でわかりきっているのである。私は町の薬局、いわゆるドラッグストアーにて傷口を広範囲に保護可能な絆創膏を買いにいくこととなった。

 

 ドラッグ、という言葉に医師免許を持った人間が処方箋を書かないであろう注射・粉・錠剤を不自然にニコニコと手にして公安に追われる人々を連想してしまう幼少の頃の自分を思い出し、若干の照れや憐憫を感じた後にドラッグストアーに入り、絆創膏売り場を探す。しかし入ってすぐに栄養ドリンク、風邪薬、等々の売り場は見つかるもその他目につくのは化粧品、健康食品、洗濯用品ばかりで、絆創膏が目に映らない。ここに資本主義の闇が見つかってしまったのである。ドラッグストアーは素直に薬局と名乗らず「drug・store」などと己自身を指し示していることからもわかるように客にいかに物をスタイリッシュに売りさばくかに躍起になっているように思えてならない。薬など医療に関わる物品を売ることが薬局としてのアイデンティティーであるにも関わらず主婦に如何にして物品購入を促すかばかりを注視し、化粧品や健康食品や洗濯用品を売り場の中心に置くという行動に重きを置いてしまった。それで絆創膏などの医療を必要とする市井の人々が中々目当ての商品を手に入れることが出来ずに煩悶するという絵図が出来上がるという訳である。

 5,6分ドラッグストアーをうろうろしてやっと見つかる絆創膏売り場。そこにある絆創膏数種を現在の傷口の状態に照らし合わせる。購入するに至ったのはモイストヒーリングなる療法が行える、防水加工・ワイドタイプの絆創膏であった。湿潤させて治すという箱の何かいい感じの文章に惹かれての購入だった。

 購入後すぐ箱から5枚入りのうちの一枚を取り出し傷口に貼り付ける。ぶよぶよとして貼りにくく、シワが出来てしまった。防水であるようだが、シワの間から水が入ってしまいそうで不安が心に粘り付く。そして、透明な素材であるため傷口がスケルトンカバーのように見え、更に不安を視覚的に煽るのである。

 

 治る、治る、きっと治る。治ることで心の不安が解消。解消した不安を媒体に、心の奥底に潜む生きることに対する根源的な不安すら解消し、毎日が愉快でたまらなくなる状況を妄想しながら眠りに至る。終わり。